『鬼滅の刃』炎柱の遺言――煉獄杏寿郎が最期に伝えたかった思いとは 植朗子〈dot.〉

『鬼滅の刃』炎柱の遺言――煉獄杏寿郎が最期に伝えたかった思いとは 植朗子〈dot.〉

『鬼滅の刃』炎柱の遺言――煉獄杏寿郎が最期に伝えたかった思いとは 植朗子〈dot.〉

【※ネタバレ注意】以下の内容には、今後放映予定のアニメ、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。

『鬼滅の刃』アニメ版・無限列車編の放送が終了した。初回のオリジナルアニメから話題になったが、回を追うごとに、鬼滅ファンから煉獄杏寿郎を惜しむ声が高まっていった。今後さらに煉獄の死を多くの視聴者が悼むことになるだろう。ここで、煉獄が遺した最期の言葉を振り返り、煉獄杏寿郎が何のために生き、何を成し遂げたのか改めて考えたい。<本連載が一冊にまとめられた「鬼滅夜話」が即増刷し好評発売中です>

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■弟・千寿郎と元炎柱の父・槇寿郎へ

 鬼の実力者である「上弦の参」猗窩座(あかざ)との死闘の果てに、炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)は致命傷を負った。技と力では、猗窩座と互角に渡り合った煉獄であったが、肉体修復が可能な鬼とは異なり、彼の深い傷が癒えることはなかった。

 死を目前にした煉獄は、炭治郎に“遺言”を託そうとする。最初に彼の口から出たのは、弟・千寿郎の行く末を案ずる言葉だった。

<自分の心のまま 正しいと思う道を進むよう伝えて欲しい>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)

 幼かった千寿郎には母の記憶は少なく、母の死後、父は荒々しい言動を繰り返すようになった。煉獄兄弟はその寂しさを支え合いながら暮らしていた。さらに千寿郎には苦悩があった。彼は“日輪刀を染める才”には恵まれなかったのだ。煉獄が最初に心配したのは、その弟のことだった。

 そして、元炎柱だった父・槇寿郎。最後まで、父とは分かり合えるような関係にはなれなかった。煉獄は、剣を握らなくなってしまった父に複雑な思いを抱えていたはずだ。弟には優しくしてほしい、酒を控えて欲しい、元の姿に戻ってほしい……そんなふうに考えたことはなかったのだろうか。

<父には体を大切にして欲しい>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)

 煉獄は父とのすれ違いの日々の中で、それでも父のことを愛していた。そして、父が本当は息子思いの人であると信じていたことが、この言葉からわかる。責めず、望まず、ただ父が元気でいてほしいと願った。

■“生きづらさ”を抱えた後輩たちへ

<竈門少年 猪頭少年 黄色い少年 もっともっと成長しろ そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ 俺は信じる 君たちを信じる>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)

 煉獄が遺したこの言葉は、炭治郎たちのその後の心の支えになった。炭治郎たちはいずれも“生きづらい”事情を抱えていた。

 親に捨てられ、無償の愛を知らぬままに育った善逸は、剣術の師弟関係に自分の“生きる場所”を見つけようとした。しかし、兄弟子にはあきれられ、偉大な師匠から教えてもらった技はたった1つしか使えない。

 同じく血縁がおらず、猪に育てられた伊之助は、その「育て親」も亡くし、けんか勝負ばかりする日々だった。しかし、友と過ごすこと、人を助けること、周りを大切にすることの意味が少しずつ分かりかけていた。同時に、自分の実力不足への葛藤も高まっていた頃だ。

 そして、鬼にされた禰豆子は、ともすれば「生きること」すら許されない立場にあった。「鬼を連れている鬼殺隊員」である炭治郎も、厳しい視線にさらされていた。

 こんな“生きづらい”炭治郎たちを煉獄は「信じる」と言った。煉獄の言葉に、彼らはどんなに救われただろうか。胸を張って生きろ。心を燃やせ。忘れられない遺言となった。

■なぜ柱たちに遺言は伝えなかったのか

 しかし、煉獄は父弟、後輩剣士には遺言を伝えようとしているのに、戦友であるはずの「柱」たちには言葉を遺していない。それは一体なぜなのか。

 本来、鬼殺隊の隊士たちは産屋敷耀哉を介して、遺言を預けられるシステムになっている。そのため、もっと詳細な「遺言」はすでに産屋敷家で保管されていた可能性は確かにある。だが、それでも父と弟には言葉を言い残していることを考えると、柱たちに言葉がないことは、不思議ではある。

 では、他の柱たちに対して、煉獄は思い入れがなかったのだろうか。そんなはずはない。以下の煉獄の言葉を確認するとよくわかる。

<俺がここで死ぬことは気にするな 柱ならば 後輩の盾となるのは当然だ 柱ならば 誰であっても同じことをする 若い芽は摘ませない>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)

煉獄がこの言葉をつぶやいた時、煉獄の足元にはおびただしい血が流れ出ていた。死に至るほどの出血、どれほどの苦しさだろうか。それでも、自分の仲間である柱たちは自分と同じような道を選ぶだろうと、煉獄は信じている。深い信頼関係で彼らが結ばれていることがわかる。

 煉獄の訃報を聞いた柱たちが、言葉少なくとも、思いがひとつであることは、痛いほどに伝わってきた。

■死ぬことを“無駄”だという猗窩座へ

「杏寿郎死ぬな 生身を削る思いで戦ったとしても全て無駄なんだよ 杏寿郎」と猗窩座がささやいた時、煉獄はこんな言葉で返した。

<俺は俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!>(煉獄杏寿郎/8巻・第64話「上弦の力・柱の力」)

 一瞬でも気を抜けば、自分のすぐそばにいる、手負いの炭治郎や伊之助が猗窩座に攻撃される危険性があった。渾身の気迫をもって、煉獄杏寿郎は猗窩座の注意を自分に引きつけ、みんなを守ろうとした。煉獄杏寿郎は誰も死なせない。それが炎柱である自分の矜持だった。命をかけて他者を守り切ることは無駄なことではない。その証として、後輩剣士たちはここから強く成長する。 

 炭治郎の涙の言葉が、われわれの心にも響くだろう。―煉獄さんは負けてない!!誰も死なせなかった!!戦い抜いた!!守り抜いた!!お前の負けだ!!煉獄さんの 勝ちだ!!

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が11月19日に発売されると即重版となり、絶賛発売中。